テキュ

すうとして無理やりです

2020/3/8

今日はご飯をちゃんと作ってみようと思い、だいすきな食べたいものをひととおり作って、食べて、お腹いっぱいになり、ぼーっと包丁を洗っていて、わたしは血を流した。

包丁は一瞬でわたしの指の皮膚と肉を削って、ゲレンデみたいな斜面を作った。びっくりして急いで指を洗うと、わたしの想像を遥かに超えた量の血が出ていて、シンクが赤と透明と、その階調、銀色、の間でぎらさら(ぎらぎら+さらさら)光を反射していた。白いお皿やわたしが切り落とした鶏肉の脂にわたしの血がまぶされていた。

それでわたしは初めての血の記憶を思い出す。わたしは外を走っていて、側溝のそばで大きく転んだ。わたしの膝が格子状の蓋に、そのときわたしの体が持てる最大の速度で飛び込んだ。膝は抉れ、蓋に沿ったきれいなストライプの畝ができた。徐々に窪んだ方の線に血が溜まって、肌色の畝はどんどん目立つ。皮膚より先で怪我をした、と直感的に分かった。わたしは大泣きしたと思う。かなり小さかったはずだから。だが同時にわたしは興奮していた。自分の体がここまで些細なきっかけで形を変えることが好ましかった。畝が血に覆われて高低差が分かりづらくなると、わたしはそこを指でなぞる。ひりつくような痛みが走って、わたしの背骨がびくりといちばん長くなる。指とちょうど同じくらいの太さの隆起が再び現れる。窪んでいるところに指を差し込むと、比べ物にならないほど痛い。指がちょうどはまる。暖かく、粘り気があり、いくつかの砂の粒が非常に主張する。わたしの体はわたしの体より柔らかく、同時に硬い。

わたしは流れていた水を止めてみる。すぐさま血が溢れ出して、不自然な斜面を表面張力で埋めていく。わたしの体はいま、この血の表面張力分、肥っている。菜箸を取ってみる。血が菜箸を伝ってシンクに落ちる。菜箸の先端をシンクに当てる。わたしは血がシンクに描き出すいくつかの管を眺めている。友人が井の頭公園の池は何かの川の源流なのだという話をしていたのを思い出す。水はどこから生まれる?いずれわたしの血に触れるであろう、浄水所の人のことを思う。